top of page

か、かわいい

あれは、昨年の冬のことです。

吐く息が白く染まり

境内の木々の葉もすっかり落ちて

寒々とした風が吹き抜けていました。

富士の山にも白く雪が積もる

そんなある日


私が生まれ育った静岡の寺の境内に

凍えた一匹の野良猫が

ひょっこりと姿を現しました。

私がそっと近づくと、

逃げるどころか自ら歩み寄り、

ためらうことなく

私の膝に飛び乗ってきたのです。


そして、そのまま丸くなり、

まるで昔から

そこが自分の定位置であったかのように、

安心しきった様子で喉を鳴らしました。


──── か、かわいい


そこで撫でてみると、

毛の下から骨ばった感触が伝わってきます。


痩せてはいるけれど、

その小さな体は確かに温かく、

生きているという力を感じさせました。

その温もりを抱えながら、

私はふと考え込みました。


この猫は

たまたま通りかかっただけではないか。


とはいえ、この人懐こさは

誰かの飼い猫なのではないか。


優しくしなければきっと

どこかへまた去っていくのではないだろうか。


生き物のありように安易に手を加えてよいのか。


しかし、凍えていた小さな命が

今、私の腕の中で

心底安らいでいる様子を見ていると、

そんな理屈は消えていきました。

ただ、この小さな命を守りたい、

それだけでした。


いつの間にか猫は境内に住みつき

寺の猫になりました。

翌日も、その次の日も、

気づけば境内のどこかにいる。


参詣者を見つけると、

まるで「よう来たな」と言うように近寄り、

足元に擦り寄り喉を鳴らします。

下校中の小学生とは境内で追いかけっこをして遊ぶ。

その愛想の良さに、

人々の顔は自然とほころび、

寺の空気は一段と柔らかくなりました。


今では大事な「お寺の一員」です。

私が帰省すると、

猫は縁側に腰を下ろし、

どこか誇らしげな顔で私を迎えます。

まるで「おう、帰ったか」とでも

言いたげな態度です。


長年この寺に暮らしてきたのは私の方なのに、

まるで彼がこの寺を守り抜いてきたという

佇まいなのです。

そんな様子が可笑しくて、

思わず笑ってしまいます。

私は、この猫に「多楽丸(たらまる)」

という名を贈りました。

多くの人に出会い、

日々抱える苦しみをひとときでも忘れ、

楽しい時を与える存在であってほしい

抜苦与楽──── そんな願いを込めて。

名前は、いつの時代も祈りの贈り物です。

子を思う親や家族が、

その幸せを願って名を与えるように、

この小さな命に祈りを託しました。


彼がもたらす穏やかで

楽しい時間こそ、

私たちへの何よりの贈り物。

今日もまた、

境内の陽だまりの中で、

多楽丸は寛いでいます。


そして私は、

携帯のカメラロールにいる

その愛らしい姿を見つめながら、

しみじみと思うのです。


──── やはり、私は猫派だな、と。


ree

真成

コメント


​曹洞宗総合研究センター

                  教化研修部門

​Shojin-Project

SHOJINPROJECTロゴ

〒105-8544

東京都港区芝2-5-2

電話受付:10:00〜17:00(火〜金曜)

     ※祝日を除く

Tel:   03-3454-6844

Mail: shojin.kyoken@gmail.com

​お問い合わせ | shojin.kyoken@gmail.com

bottom of page