top of page
検索


出逢い直し
皆さんは「手入れ」という言葉をどのように捉えているだろうか? 以前の私は、単に掃除をすること整備することであると考えていた。たとえば庭木なら、外に跳ねて不格好になった部分を切り落とし、外見を綺麗に整えることのように。 ある日、植木屋さんと一緒に庭の整備作業をさせてもらう機会があり、その認識は大きく覆された。 「若さん、枝先だけを切るんじゃ手入れにならないよ。手入れはね、手を入れるから『手入れ』なんだよ」 その言葉とともに、庭師さんは腕を枝の生い茂るツツジの中へと深く差し込んだ。そして茂みを突き破るように生えていた異なる楓の幼木を地面の根元から、ハサミを入れて切り落とした。 これまでの自分は、手入れをしたつもりになっていただけだったんだと、痛感した瞬間だった。 道を極めようと真剣に歩んでいる人の言葉には、経験に裏付けされた血の通いと深みが溢れている。私は研ぎ澄まされた言葉や人と出逢う瞬間、出逢い直す瞬間がたまらなく好きだ。 普段、約束をして人と顔を合わせるときには 一般的に「会う」という字を使うだろう。 しかし、もう一つの「逢う」という字には、..

Shojin-Project
7月25日読了時間: 2分


すずかけの木
初夏の街路を歩いていると、 すずかけの木の幹に目がいく。 青々と茂った葉が日差しを遮ってくれるのはありがたいが、 それよりも、あのまだら模様が気になって、 つい足を止めてしまう。 古い樹皮が大きく剥がれて、 その下から青白い肌が現れている。 使い込んだ漆器の表面が擦れて、 下地の色がのぞいているのに少し似ている。 乾いた茶褐色と、 むき出しの白い地肌とが入り混じって、 一本の幹の上に時間の層が重なって見える。 あの模様は、もちろん木が好きで描いているわけではない。 幹が太くなるにつれて、 外側の古い皮が木の成長についていけなくなり、 自然に剥がれ落ちる。ただそれだけのことだ。 古くなったものを抱えていられないから、手放す。 木にしてみれば、成長に伴う当たり前の生理現象にすぎない。 けれど、この「ただ手放す」ということが、 人間にはなかなか難しい。 自分を守っている殻や、 慣れ親しんだ習慣を脱ぐのは心細い。 だから私たちは、もう合わなくなった古い皮を、 いつまでも後生大事に貼り付けておこうとする。 禅に「放下著(ほうげじゃく)」という言葉がある。

Shojin-Project
7月7日読了時間: 2分


見えないしあわせ
今年のゴールデンウィークは 私の地元である秋田に帰省していた。 秋田に帰るのは3月以来のことだ。 前回の帰省では、まだ各所に冬の名残があったので 今回は存分に春を感じたいと思っていた。 青々とした山並みに、山桜や遅咲きの梅が 鮮やかに色づく姿を想像した。 しかし、帰省してからは 境内地の清掃に、檀家の方がたとの交流と 気が付けば普段の日常に忙殺されていた。 山桜も、梅もゆっくりと見ることはしなかった。 そうして気が付けば ゴールデンウィークは終わり 東京に戻る日となっていた。 東京行きの飛行機に乗って、再び地元を離れる。 いつものことであるのに 今回はなんだかさみしい気がする。 そう思って窓の外を見てみた。 すると眼下に、夕日に照らされた川があった。 いつも見ていた川なのに、その日はいつもより 大きく、長く見えた。 そしてその川の横に、いくつもの水たまりが見える。 一体何なのだろうかと目を凝らすと それは、水田だった。 田植えの時期になって、多くの田んぼに 水が張られていて、それが反射して 大きな水たまりに見えたのだ。 川も、田んぼも、見慣れた風

Shojin-Project
6月19日読了時間: 2分


非凡なる努力
毎年2月に私たちShojin₋Projectは、イベントを開催している。 今年は、2月21日から2月23日までの3日間、駒澤大学にて 「御朱印帳づくりワークショップ」を開催した。 イベント開催中の、ある昼休みのことであった。 私は昼食を買いに 大学の外へ出ようとしていた。 その日は良く晴れた日だったこともあり 柄にもなく学内の風景に カメラを向けていた。 校舎から正門までの一本道の脇には、 学内でのイベントを知らせる 数多くの掲示物が並んでいた。 私は景色を撮るついでに それらの写真もなんとなく撮った。 最近、写真フォルダを 整理しているとそのイベント時の写真が出てきた。 懐かしく思い写真を見返していると、 一枚の写真に目が止まった。 それは・・・・・・ イベント開催中の昼休みに撮った掲示物の写真だった。 そこには、駒澤大学が 「学生に届けたい言葉」として 掲示していた言葉が記されていた。 『非凡なる人 非凡なることをする人に非ずして 平凡なる事を非凡なる 努力する人なり』 これは、特別な人とは 特別なことをしている人ではなく...

Shojin-Project
5月8日読了時間: 3分


春の匂いがする
季節の移ろいを 私はいつも「匂い」で気づく。 幼い頃からずっとそうだ。 自然が豊かな地域で育ったからかもしれない。 窓を開けると春の匂いがする。 匂いとは不思議なもので ふいに遠い日の記憶を呼び起こす。 五感の中で嗅覚だけが 記憶や感情を司る大脳の領域と 直接繋がっているからだと、 どこかで読んだことがある。 「プルースト効果」と呼ぶらしい。 理屈はともかく 春の匂いが、私をそうさせるのだ。 日本には美しい四季がある。 どの季節にもそれぞれの匂いがあるけれど、 私はとりわけ春の匂いを強く感じる。 私は春が好きだ。 長い冬を乗り越えて ふきのとうやつくしが 地べたから顔を出し、 青空へ向かってのびてゆく。 草花たちが色づきはじめると まるで地球が長い眠りからさめ、 世界がふたたび動き出す音が聞こえる。 そんな気がする。 やがて春の風が頬を撫でて どこからともなくあの匂いがしてくる、 この季節が好きなのだ。 春の匂いがすると 小学生の頃の帰り道を思い出す。 春のやわらかな空気がうれしくて つい寄り道をしてしまうあの公園。 たんぽぽの綿毛が やさしい夕

Shojin-Project
4月24日読了時間: 3分


春と私
小学生の頃、一番好きな季節は春だった。 空の青色は柔らかくにじみ、 草木もみずみずしい若葉色。 桜に菜の花、チューリップにネモフィラ…… パステルカラーのふんわりと明るい色味は 春の心象に欠かせない。 それから何といっても過ごしやすい気候 なのがいい。 寒さが苦手な私にとって、春の陽気の 訪れは、深い安らぎをもたらす。 しかし今や、私にとって 春は花粉症の代名詞である。 確か中学三年生の頃に発症したのだった。 それ以来、 春のイメージは一変してしまった。 天気予報で「今日はよく晴れるでしょう」 と聞くと、反射的に身構える。 くしゃみと鼻水はひどいし、頭はぼんやりする。 特に目のかゆみは耐えられない。 周囲が「綺麗だ」と見渡す風景を、 私は半ば恨めしく見ている。 春は祝福の季節だという世間のイメージと 自分の身体が感じている過酷さとの間には、 大きな隔たりがある。 思うに春の情景を眺めるとき、 私たちはそれを自身の外側に置いている。 単なる鑑賞の対象として。 いわば「他者としての自然」というわけだ。 ところが花粉症になると、 自然は距離を保ってくれ

Shojin-Project
3月1日読了時間: 2分


初心を思い出す
毎年、元旦になると目標を立てる。 けれど、去年の目標が何だったかを 思い出そうとしても、 さっぱり浮かんでこない。 きっと、その程度のものだったのだろう。 そんな私にも、一年のうちに 何度も繰り返し立てる目標がある。 それはお風呂上がりにストレッチをすることだ。 おそらく、これまでに同じ決心をした ことがある人も多いのではないだろうか。 もうとっくに身体が柔らかくなっていても いいはずなのに、相変わらず硬いままだ。 前屈をしても手のひらは地面に届かず、 指先がかすかに触れるのが精一杯だ。 特に運動をしているわけではないので、 体が硬くても困ることはない。 けれど、柔軟な身体を持つ人には どうしようもなく憧れてしまう。 きっと、私よりも身体がしなやかで、毎日を 軽やかに暮らしているのだろうな と想像してしまうのだ。 今年こそはストレッチを続けるとして…… もうひとつ、目標に決めていたことがある。 それは「初心を思い出す」ことだ。 私は東京の大学で写真学科に通っていた。 写真は今でも大好きで、ふとした日常を 切り取るようにしている。 しかし最近

Shojin-Project
1月10日読了時間: 3分


「永く、受け継ぐ」
毎年のことだが 年の瀬になると、今年も早かったと感じる。 そして、その感覚が年を重ねるごとに 強まっている今日この頃である。 暑さが引いたかと思えば急に寒くなり、 気づけば、早12月。 私は洋服から着物まで、 すっかり冬仕様に衣替えを済ませた。 僧侶であり、かつ尺八演奏家でもある私は、 着物を着る機会が 同年代の友人と比べても非常に多い。 そして、着物は上の世代から譲り受ける。 私が法要で使う着物は 僧侶である父方の祖父のもので、 演奏会で使う袴は 尺八奏者である母方の祖父のものである。 修繕しながら大切に使っていれば、 次の世代にも受け継いでいくことが できるのが着物の良さ。 ひとつのものを大切に 長い時間使っていくというのは、 日本に根差した文化の素敵なところだと 私は思う。 楽器も同様に、 修理と手入れを繰り返しながら使っていく。 以前お世話になった70代の演奏家が ご自身の楽器について、 こう語っていたのが印象に残っている。 「私の楽器は修理と手入れを繰り返しながら 大切に50年使ってきました。 決して高級品ではないけれど、 楽器はま

Shojin-Project
2025年12月20日読了時間: 2分


タイトル:佛縁を育む
息を吐けば、白んだ息が寒風に流される。 花を携えた指先が赤みがかってひりひりと。 たまの休日に私はある場所へ向かって歩を進める。目的があるときの足取りは実に快活だ。インドへ向かった三蔵法師も奮迅の歩みで一歩一歩、シルクロードを踏破したのだろう。 私の目的もそれと同義だ。仏に会わんと、寒さをものとせず向かっている。 私のお寺から5km歩いた場所に、大体1mほどの高さがある観音像が鎮座している。台座には「東雲(しののめ)観音」と彫られている。観音像が見つめる先には「東雲(しののめ)公園」という大きめの公園がある。「東雲観音」が在るから「東雲公園」なのか、「東雲公園」が在るから「東雲観音」なのか、町内にいる人たちはみな知らないと思われる。当然、私も知らない。 鶏が先か、卵が先か程度の話でしかないのだろう。 私はこの観音像に時々、生花を供えに来たり、お盆の時期にはお経を唱えに来ている。 いつ誰がどんな目的で建てたのか。気になるところであるが、子どものころから線香も花も供えられていない観音像が気になっており、仏門に入ってから時折、何か供養になればと供えてい

Shojin-Project
2025年12月2日読了時間: 3分


どっちも正解
11月ともなると、風はすっかり冬の顔である。 こうも寒いと、どうにも億劫でならず、 せめて体を温めようと部屋の大掃除を始めた。 すると、押し入れの奥からなんとも懐かしいシロモノが出てきたのである。 小学校六年生の図工の時間に作った、木製のペン立てだ。 彫刻刀で指まで削りそうな勢いでガリガリと彫り、 絵の具でべたべたと色を塗り、 ニスでテカテカに仕上げた一品である。 当時の私は宇宙に夢中で、 ペン立てには土星や地球、月が拙いタッチで描かれている。 これを傑作だと信じていたのだから、 子どもの自信というのは大したものである。 このペン立てのすごいところは、蓋にオルゴールが仕込める点にあった。 図工の時間。ペン立てキットの注文リストには様々な曲が並んでいたが、 私は当時大流行していた「マル・マル・モリ・モリ!」を選んだ。 本当は他に好きな曲があったのだが、 私には小学生ながらの浅はかな計算があったのだ。 休み時間、友人のケンタくん(仮名)に 「オルゴールの曲、何にした?」と聞かれ、私は得意げに答えた。 「マルモリにしたよ。大人になったとき、これを聴けば

Shojin-Project
2025年11月8日読了時間: 4分


か、かわいい
あれは、昨年の冬のことです。 吐く息が白く染まり 境内の木々の葉もすっかり落ちて 寒々とした風が吹き抜けていました。 富士の山にも白く雪が積もる そんなある日 私が生まれ育った静岡の寺の境内に 凍えた一匹の野良猫が ひょっこりと姿を現しました。 私がそっと近づくと、 逃げるどころか自ら歩み寄り、 ためらうことなく 私の膝に飛び乗ってきたのです。 そして、そのまま丸くなり、 まるで昔から そこが自分の定位置であったかのように、 安心しきった様子で喉を鳴らしました。 ──── か、かわいい そこで撫でてみると、 毛の下から骨ばった感触が伝わってきます。 痩せてはいるけれど、 その小さな体は確かに温かく、 生きているという力を感じさせました。 その温もりを抱えながら、 私はふと考え込みました。 この猫は たまたま通りかかっただけではないか。 とはいえ、この人懐こさは 誰かの飼い猫なのではないか。 優しくしなければきっと どこかへまた去っていくのではないだろうか。 生き物のありように安易に手を加えてよいのか。 しかし、凍えていた小さな命が 今、私の腕の中

Shojin-Project
2025年10月25日読了時間: 3分


子どもたちの輝き
大人になって、 気がつけば世界がつまらなくなっていた。 園庭を駆け回る園児たちを見てはっとする。 その目には、 もう今の私にはない輝きに満ち溢れていた。 私たちShojin-Projectは、 9月にいくつかのこども園を訪れて オリジナルの演劇を上演しました。 今年のテーマは「食育」で、 食材のいのちと、食事を支えてくれる人びとへの 感謝の気持ちを持ってもらうために 「いただきます」の意味を伝える劇を作りました。 実際に上演してみると、 子どもたちのエネルギーに圧倒されます。 舞台上の出来事に全神経を注ぎ、 一生懸命反応を示してくれます。 目の前のことに夢中だからこそ 生まれる素直さと力強さ。 そのキラキラした目に助けられて 練習以上の演技が引き出されることもあります。 面白いことに、同じ劇を上演しているはずなのに、 子どもたちの不思議な力が加わって 公演ごとに違った色が現れたのでした。 劇が終わり、一緒に遊ぶ時間になると 園児たちは小さな身体を懸命に動かします。 転ぶ

Shojin-Project
2025年10月14日読了時間: 2分
bottom of page
