「家蜘蛛」
- Shojin-Project
- 6月28日
- 読了時間: 3分
更新日:6月30日
部屋に蜘蛛が出た。
椅子に腰を掛けて本を読んでいたら、
視界の端に黒い点があった。
糸くずが落ちているのかと思ったとき、
その点が移動した。
眼を凝らしてみると、
それは家によく出る小さい蜘蛛だった。
とりあえず、
近くにあったティッシュを手に取る。
私は人間と違う体や機能を持つ生きものが大好きだ。
目の前にいる蜘蛛の美しいデザインに惹かれて、
観察してみた。
体型はスリムで荒々しく、
機敏さとパワーを感じる。
脳裏にドイツのスーパーカー、
「アポロ インテンサ・エモツィモーネ」
が浮かんだ。
蜘蛛の体は美しく、高性能だ。

【アダンソンハエトリ】
英名「Adanson’s House Jumper」
(アダンソンズ・ハウス・ジャンパー)
ハエトリグモの一種。体長は5〜9mm。
オスは黒色、腹部が小さい。
メスは茶色、腹部に縦の帯模様がある。
両性とも体に白い三日月の模様がある。
徘徊性。
基本的にいわゆる”蜘蛛の巣”を作らない。
益虫。
ハエやゴキブリ、ダニなどを食べる。
毒はなく人を噛まない。
観察している蜘蛛は、頭胸部の先から
2本の白い触肢が突出している。
8本の足がすらっと長く生え、
力強く床を踏み締めて体を支えていた。
頭胸部後縁と腹部前縁に
1つずつ白い三日月の模様が
対になって浮かんでいる。
腹部と足の先に細かな体毛が生えていた。
人差し指を近づけると、ぴょんと跳ねた。
見えないほど速かった。
瞬きの間に移動していたら、
まさに瞬間移動になっただろう。
移動した跡を指でなぞっていくと、
また跳ねた。
複眼の虫は速く動くものに反応する、
と聞いたことがある。
さっきよりもゆっくり指を動かすと、
お尻まであと3cmの所でぴょんと跳ねた。
もっとゆっくり、指を近づけていく。
あと1cmまで近づいたところで、
瞬間移動をした。
「こんなに小さな体で、
よくこれほど機敏に動けるものだ」
蜘蛛の身体は超能力と思えるほど
高度な技術を備えている。
その一端を見せてくれた蜘蛛に、
親近感が湧いた。
体の形や機能が違っても、
この蜘蛛は私と同じ生きものだ。
移動して住む場所を変える。
命の危険があると身を守ろうとする。
子を産み子孫を残す。
食事を摂り水を飲み排泄する。
体があり動いている。
足があり移動する。
口があり食物を取り入れる。
顎があり咀嚼する。
食道があり胃がある。
腸がありお尻がある。
目がある。
脳がある。
関節が……。
……生きている。命がある。
全ての者は暴力におびえる。
すべての生きものにとって生命は愛しい。
己が身にひきくらべて、殺してはならぬ。
殺さしめてはならぬ。
中村元訳『ブッダの真理の言葉・感興の言葉』岩波文庫 p28
私と同じ命が目の前にある。
「指で追いかけてすまなかった」
持っていたティッシュに目線を落とし、
少し丁寧に拡げる。
顔を上げると、
もう蜘蛛はいなかった。
押見大俊
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