初心を思い出す
- Shojin-Project

- 1月10日
- 読了時間: 3分
毎年、元旦になると目標を立てる。
けれど、去年の目標が何だったかを
思い出そうとしても、
さっぱり浮かんでこない。
きっと、その程度のものだったのだろう。
そんな私にも、一年のうちに
何度も繰り返し立てる目標がある。
それはお風呂上がりにストレッチをすることだ。
おそらく、これまでに同じ決心をした
ことがある人も多いのではないだろうか。
もうとっくに身体が柔らかくなっていても
いいはずなのに、相変わらず硬いままだ。
前屈をしても手のひらは地面に届かず、
指先がかすかに触れるのが精一杯だ。
特に運動をしているわけではないので、
体が硬くても困ることはない。
けれど、柔軟な身体を持つ人には
どうしようもなく憧れてしまう。
きっと、私よりも身体がしなやかで、毎日を
軽やかに暮らしているのだろうな
と想像してしまうのだ。
今年こそはストレッチを続けるとして……
もうひとつ、目標に決めていたことがある。
それは「初心を思い出す」ことだ。
私は東京の大学で写真学科に通っていた。
写真は今でも大好きで、ふとした日常を
切り取るようにしている。
しかし最近、あることに気づいた。
大学生の頃と今とでは、
写真への向き合い方が
大きく変わってしまったことに。
以前の私は、写真を撮るためなら
どこへでも出かけて行った。
SNSで見た美しい東京の風景を求めて、
片道一時間の電車移動なんて
少しも苦にならなかった。
学生だった当時は東京タワーの写真を撮りたいがために、
昼から夜まで、夢中でその周辺を歩き回ったものだ。
あの頃は、心が動いたものすべてに
ためらわずカメラを向けていた。
しかし、今はどうだろう。
職場から歩いてわずか10分。
いつでも撮れる距離に
東京タワーがあるというのに、
この半年間、一度もカメラを向けていない。
こんなに近くて、美しいのに。
見慣れてしまったからだろうか。
あるいは、ファインダーをのぞく前に
どんな写真になるかが頭の中で想像がついて
しまうからだろうか。
「これを撮って何になるんだろう」
そんな冷めた理屈が、
シャッターを切る指を
止めていたのかもしれない。
いつのまにか私は、まだ見たこともない景色
ばかりを追い求めるようになっていた。
毎日、通勤鞄の中には1kgを超える
重いカメラが入っているのに
写真を撮らず、ただのおもりとして
家まで持ち帰る日が少なくなかった。
せっかく私は今、東京にいるのだから、
「いかにも東京」というベタな景色も
撮影したいと思う。
旅先の景色で埋まるカメラロールよりも、
毎日の何気ない日常で埋まっていく
カメラロールの方が、
後で見返したときに
ずっと愛おしいはずだ。
この世の全ては諸行無常。
すべてのものは刻一刻と変化していて
二度と同じ瞬間はないのだから、
今自分が見ているこの景色を大切に
残していこうと思う。
初めてカメラを手にしたあの日の
純粋な高揚感を思い出し
今年はもっと、身近な景色に
シャッターを切る一年にしたい。 慧悟

明けましておめでとうございます。
2026年もShojin-Projectをよろしくお願いします!




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