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春の匂いがする

季節の移ろいを

私はいつも「匂い」で気づく。

幼い頃からずっとそうだ。

自然が豊かな地域で育ったからかもしれない。

窓を開けると春の匂いがする。


匂いとは不思議なもので

ふいに遠い日の記憶を呼び起こす。

五感の中で嗅覚だけが

記憶や感情を司る大脳の領域と

直接繋がっているからだと、

どこかで読んだことがある。

「プルースト効果」と呼ぶらしい。


理屈はともかく

春の匂いが、私をそうさせるのだ。



日本には美しい四季がある。

どの季節にもそれぞれの匂いがあるけれど、

私はとりわけ春の匂いを強く感じる。



私は春が好きだ。



長い冬を乗り越えて

ふきのとうやつくしが

地べたから顔を出し、

青空へ向かってのびてゆく。

草花たちが色づきはじめると

まるで地球が長い眠りからさめ、

世界がふたたび動き出す音が聞こえる。

そんな気がする。


やがて春の風が頬を撫でて

どこからともなくあの匂いがしてくる、

この季節が好きなのだ。




春の匂いがすると

小学生の頃の帰り道を思い出す。


春のやわらかな空気がうれしくて

つい寄り道をしてしまうあの公園。

たんぽぽの綿毛が

やさしい夕暮れの風に揺れていた。

綿毛がその風に乗って、

ふわりと夕空に舞い上がる。

大きく息を吸い込むと

草や土、大地の香りがして

心があたたかくなる。


──と、思った瞬間、

牛ふん堆肥の臭いが鼻をつき、

みんなで「くさい!」と大騒ぎした。


ひとしきりに笑ったあと、

「また明日ね」と手を振るあの道が

春の匂いとともによみがえるのだ。




冬のうちに蓄えた栄養が、

季節が巡って、春になり

青空へ向かってのびてゆく力になる。


たんぽぽの綿毛が風に乗って、

次の命を遠くへ運ぶ。


牛が食べた草が堆肥になり、

また新しい作物を育てる。




すべてが繋がって、

みんな生きている。




この大地に育てられた私も、

きっとその一部なのだ。




ふと、ある和歌を思い出した。




峯の色 溪の響も皆ながら

吾が釈迦牟尼の 声と姿と

『道元禅師和歌集』



「雄大な山々が見せる様々な表情や

 渓谷を流れる小川のせせらぎ、

 わたしたちを取り囲む

 この大自然のいとなみが

 お釈迦さまのお姿そのものである。」




この歌を詠んだ道元禅師の見ていた世界が、

今ならわかる気がする。





日々忙しなく過ぎゆく時間に流されるあまり

呼吸をしていないことにさえ

気がつかないときがある。


いくつもの不安が胸の奥に重なって

息を詰まらせてしまう。


そんなとき、ふと季節の匂いが鼻を掠める。


すこし立ち止まって、深く息を吸う。









────春の匂いがする。


風雅




 
 
 

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