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見えないしあわせ

今年のゴールデンウィークは

私の地元である秋田に帰省していた。


秋田に帰るのは3月以来のことだ。

前回の帰省では、まだ各所に冬の名残があったので

今回は存分に春を感じたいと思っていた。

青々とした山並みに、山桜や遅咲きの梅が

鮮やかに色づく姿を想像した。


しかし、帰省してからは

境内地の清掃に、檀家の方がたとの交流と

気が付けば普段の日常に忙殺されていた。

山桜も、梅もゆっくりと見ることはしなかった。


そうして気が付けば

ゴールデンウィークは終わり

東京に戻る日となっていた。



東京行きの飛行機に乗って、再び地元を離れる。

いつものことであるのに

今回はなんだかさみしい気がする。


そう思って窓の外を見てみた。

すると眼下に、夕日に照らされた川があった。

いつも見ていた川なのに、その日はいつもより

大きく、長く見えた。


そしてその川の横に、いくつもの水たまりが見える。

一体何なのだろうかと目を凝らすと

それは、水田だった。


田植えの時期になって、多くの田んぼに

水が張られていて、それが反射して

大きな水たまりに見えたのだ。


川も、田んぼも、見慣れた風景のはずなのに。

見え方が違うだけでこんなにも

美しい景色になるなんて。

思わず感動してしまった。


ふるさとに帰って、普段通りにおつとめをする。

いつもと似たような、変わらない日常。

けれども、そんな日常は自分にとって

実は素晴らしいものだったのではないだろうか。

大事なことを見落としていたのではないだろうか。


秋田を離れる時になって、うっすらとそう感じた。

だからさみしかったのかもしれない。



禅の言葉に「平常心是道」というものがある。

落ち着いた心で日常をみつめる、ということだ。

振り返ってみると私は、このゴールデンウィークを

せわしなく過ごして、変わり映えのしない

日常だと思ってしまっていた。

けれども、この言葉に出逢い

その日常がいかに大切なものであったのか気づいた。



無くしてから分かることがあるように

別れてから気づくことがあるように

私たちは大切なものと共にありながら

そのことになかなか気がつかない。


今、手の中にある日常に幸せを

感じられるようになることがいかに大切か。

禅の思想は、そのことを私に教えてくれた。


これからも、禅の教えを胸に生きていきたい。





 
 
 

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